迷子の賢者は遠きナザリックを思う

第9話

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<ペガサスは幼女を乗せて天翔ける>



 「これはペガサスですか?」

 「ふふぅ〜ん、いいでしょ。友達のモモンガさんと言う人が私が旅立つという事で選別にくれた騎獣なんですよ」

 驚き顔で私に尋ねる執事さんに、私は得意顔で答える。

 もうすぐ出発するという事で私はペガサスを再召喚……しようとしたところで、よくよく考えたら送還していないことを思い出し、召喚アイテムに向かって自分の下に来るように念じた所、みんなの前に姿を現して驚かれた。
 どうやらこの世界ではペガサスはあまり見かけないみたいだね。

 「神獣とも言われるペガサスを使役するとは、いやはや流石賢者を名乗られるだけの事はありますなぁ」

 見かけないどころか神獣扱いですか。
 それ程たいしたものじゃないんだけどなぁ、課金モンスターではあるけどレベルも60くらいだし。
 これで神獣ならもう一つの騎獣を出したら神扱いされそうね。

 「そんなたいしたものでも無いですけどね」

 「わぁ! お姉さん、ペガサスってお空を飛ぶんでしょ? お姉さん、お空を飛んだこと、ある?」

 私たちの会話を聞いてエリーナちゃんが目を輝かせて話しかけてきた。
 ああこれは乗って飛んでみたいんだな、きっと。

 「ええ、当然飛んだこともあるわよ。エリーナちゃんも乗って飛んでみる?」

 「いいの!? 乗りたい! 私もお空を飛んでみたい!」

 うん、元気いっぱいで宜しい。
 私は即座に了承をしようと口を開きかけたんだけど……。

 「エリーナ様、色々な事があって行程がかなり遅れています。これ以上遅くなれば侯爵様が心配なさるかと」

 「えぇ〜、だってペガサスだよ? お空飛べるんだよ? もうこんな機会はぜぇ〜たい無いんだよ?」

 メイドのハウエルさんが横槍を入れてきた。
 まぁ、確かに言われてみたらその通りで、目的地までの距離がどれほどかは解らないけど日もかなり傾いてきているからこれ以上遅くなると到着する前に日が暮れてしまうだろう。
 でも、エリーナちゃんも二度とないであろう空を飛ぶ機会を逃す気はないらしく、まったく引く様子はない。

 ふむ、困った。

 私としてはエリーナちゃんの頼みを聞いてあげたいけど、ハウエルさんが言っている事の方が正しいからなぁ。
 そんな感じで私が何も口を挟めないでいると、隣にいた執事さんがお嬢様の望みをかなえようと一計を案じてくれた。

 「マリィさん、ここはどうでしょう。賢者様もご一緒して下さるとの事ですから護衛を減らした所で道中の危険が増すなどと言う事は無いと思われます。お屋敷には護衛の者を一人先行させて事情説明をさせ、お嬢様の到着が遅れると伝えてもらうというのは。それならば少々日が暮れてから到着しても侯爵様は心配なさらないと思います」

 「先触れを出すのですか? まぁ、それならば」

 執事さんの言葉にハウエルさんは少々言葉を濁しながらも了承の態度を示した。
 彼女も本当はエリーナちゃんの願いをかなえたいと思っていたんだろうなぁ。

 「そしてお嬢様、地上に戻られてからの準備時間を考えますと、この方法でも取れる時間は10分までです。それ以上時間を取られてしまいますと出発がさらに遅れて町の防護壁が見える範囲にたどり着く前に日が暮れてしまい、魔物に襲われる危険や夜道で馬が足を痛める可能性が高まります。それでも宜しければフレイア様のお言葉に甘えて空の散歩を楽しんでくださいませ」

 「うん! 10分でもいいからお空を飛んでみたい! お姉さん、ペガサスに乗せてもらってもいいですか?」

 「もちろん! それなら時間も無い事だし、早速行こう。今すぐに飛び立てば、後5分くらい追加しても大丈夫だよね?」

 そう言って執事さんの顔を見ると彼は一瞬驚いた顔をした後、微笑みながらゆっくりと頷いた。

 「そうですね、まだ馬車の準備も出来ておりませんし、先触れの選定もございます。10分と申しましたが、今すぐ飛び立たれるのであれば後5分くらいは伸びても問題はないでしょう」

 よし! 言質は取った。

 「お許しが出たわ! エリーナちゃん、早速行きましょう」

 「はい!」

 満面の笑みを浮かべるエリーナちゃんを持ち上げてペガサスの背に乗せると、私もその後ろにひらりとまたがる。

 「それじゃあお願いね」

 ペガサスの首を一なでしながら声をかけ、エリーナちゃんが興奮して落ちたりしないよう、右手で支えた。

 「飛び立ちなさい、ペガサス!」

 ふわりと言う浮遊感の後、ペガサスは鳥のように羽ばたくのではなく羽根を広げたまま空に浮かぶ見えない階段を駆け上がるように宙を舞った。

 「わぁ〜早い早い、それに高ぁ〜い。見て見て、馬車があんなに小さくなってる!」

 少し調子に乗りすぎて結構なスピードで高く舞い上がりすぎたから、ちょっと怖いんじゃないかな? なんて心配したけど、エリーナちゃんはそんな素振りはまるで見せず初めての空中散歩にはしゃぎまわっていて一安心。
 でも、興奮しすぎていてちゃんと支えていないと思わずペガサスの上に立ち上がってしまいそうな勢いなのよね。

 「エリーナちゃん、ちょっと落ち着いて。支えているから大丈夫だけど、あんまり興奮すると危ないから、ね」

 私が。

 だって、今にも落ちそうなほどはしゃぎまわるエリーナちゃんを下から見上げてハウエルさんが心配そうな目をエリーナちゃんに向けた後、続けて「何をやっているんですか、お嬢様をそんな危険な目にあわせて!」とでも言いたげな目で私を睨んでるから。

 この状況が続いたら、またさっきの説教が始まってしまいそうだからと、私は自己保身のため必死にエリーナちゃんをなだめた。
 その甲斐あってか、

 「そうだね。上であんまり騒ぐとペガサスさんも困っちゃうだろうし、お姉さんも私を支えるのが大変だもんね。ごめんなさい」

 エリーナちゃんは素直にはしゃぎまわるのをやめて謝ってくれた。

 「いや、私は大丈夫よ。エリーナちゃんが暴れたくらいで支える手が緩む事はないから。でも、下から見たら危なそうに見えるだろうし、執事さんやハウエルさんが心配したら可哀想でしょ。だからおとなしく空の散歩を楽しもうね」

 「うん!」

 そこからは静かに、それでいて目を輝かせながら空の散歩を楽しむエリーナちゃん。
 そんな楽しい時間はあっと言う間に過ぎて行った。

 「お嬢様、賢者様、出発の準備が整いました。降りてきてくださいませ」

 「はい、解りました! 今降りていきます」

 執事さんの呼ぶ声で楽しい空の散歩の時間は終わりの時を迎えた。

 「え〜、もう15分経っちゃったの?」

 「そうみたいだね」

 その声に残念そうな顔を浮かべるエリーナちゃん。
 でも約束だから仕方がない。
 執事さんが言うとおり、あまり遅くなってしまっては私たちはともかく、護衛の人たちが大変だろうからね。

 かくして私たちは馬車の近くへと降り立ち、執事さんのところまでペガサスを進めてエリーナちゃんを引き渡そうとした。

 「お姉さん、私もこのままペガサスに乗ったままじゃダメ?」

 ところがエリーナちゃんが振り向き、私にこんな事を言い出したのよ。
 空は飛ばなくてもいいから、ペガサスに乗ったままじゃダメ? って。

 私はいいんだけど、そこんとこどうなのよ? と執事さんに目を向けると、

 「私どもとしては賢者様のお近くに置いて頂ける方がお嬢様も安全でしょうから問題はないのですが、賢者様にはご迷惑になるのでは?」

 などと言ってきて、その言葉に二人のメイドさんも頷いていた。

 「私は別に迷惑って事はないですけど……」

 馬車の中じゃなくていいの? 今はまだ陽気がいいけど着くまでに日が暮れるのよね? 外だと寒かったりしない?

 そんな私の考えが伝わったのだろうか、

 「お嬢様、ペガサスに乗ったままお帰りになるのでしたら少々冷えるかもしれません。これを羽織ってください」

 ハウエルさんがそう言いながらショールのような物をエリーナちゃんに手渡した。
 流石侯爵家のメイドさん、気が効くわぁ。

 「これでもう大丈夫です。お姉さん、ペガサスに乗ったまま帰ってもいいですか?」

 ショールを羽織り、許可を求めるエリーナちゃん。
 うん、ここまで準備をしてもらえたのなら断る理由も無いね。
 でも一時的に乗せるのではなく、ずっと乗せるのならこのままと言う訳にも行かないわよねぇ。

 「解ったわ。でも、準備をするからちょっとだけ降りようね」

 そう言うと私はペガサスから降り、続けてエリーナちゃんを抱えて下ろす。
 そして騎獣召喚用のアイテムを取り出し、それをいじってペガサスの背に鞍を出した。

 騎獣用の鞍アイテムなんてものはユグドラシル時代には無かった。
 だけど複数人が乗れる馬型の騎獣には鞍があったなぁなんてさっき空を飛んでいる時に考えていたら、これの事が不意に頭に浮かんだのよ。
 多分ゲーム的には裸馬に複数人が乗る姿がかっこ悪いという事でデザインとして描かれていたものだったのだろうけど、現実の世界になった事により必然性が生まれたからそのデザインの辻褄が合うよう、召喚アイテムが変化したんじゃないかな?

 まぁ、どうしてそうなったかなんて考えても仕方がない、なった物はなった、それだけだ。

 「エリーナちゃん、さっきは私が抱えるように乗ったけど今回は後ろね」

 そう言ってエリーナちゃんを私が座る場所の後ろに座らせる。
 二人で乗るための鞍だから当然鐙も付いているし、マジックアイテムだから長時間乗ったままでも疲れることも無く、また子供が乗ればそのサイズに自動調節される。
 それにゲーム当時同様、ペガサスが激しく動いたとしてもけして振り落とされる事がない特別仕様だ。
 これなら屋敷に帰るまで乗り続けたところで安心だろう。

 「お待たせしました。それでは出発しましょう。後ですね、”周りを警戒する為に”私たちは上空から見張りながら進みます。ちゃんと馬車の真上から離れないので安心して進んでもらっていいですよ」

 「ええっ!? 帰るまでずっとお空を飛んで行けるの? やったぁ!」

 両手を振り上げて喜ぶエリーナちゃん。

 「いや、空の散歩じゃないですよ、警戒任務だからね? そこを間違えないように」

 「うん、解ってる! 私もしっかり見張るよ!」

 と言いつつ、喜ぶエリーナちゃんを見てつい頬が緩んじゃうんだけどね。

 「よかったですね、お嬢様。それでは賢者様、よろしくお願いします」

 「うん、任された!」

 こうして私たちはペガサスに乗ったまま空を翔け、一路アルバーン侯爵家のお屋敷へと進んでいくのだった。


後書き、だよなぁ



 あ〜、毎度恒例予告詐欺です。
 まだアルバーン侯爵家に到着しません。
 また、到着してすぐに登場するわけではないので(待ち構えていたらおかしいですからね)このまま続けても登場させられなさそうなのでここで切りました。

 でも、次回は流石に到着します。
 そして登場します。
 まぁ、登場するだけなんですけどね。
 その次の話ではフレイアさんは一度お休みして、ナザリックの話になる予定なので。


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